第2章 ナレッジスペースとカスタムアシスタント
学習目標
- ナレッジスペース(プロジェクト)、共有プロジェクト、カスタムアシスタントの違いを説明し、協業の仕方に応じて選ぶ。
- 個人のカスタム指示、プロジェクトの指示、アシスタントの指示の適用範囲を区別する。
- 行動のルールは指示に、参考資料はナレッジに置き、業務手順書をチーム用の指示に書き換える。
- ナレッジの容量と検索の原理を理解し、検索しやすい資料の構成と更新頻度を設計する。
- 通常・例外・拒否・境界の事例でテスト質問セットを作り、展開前に検証する。
はじめに
ある会社の人事チームが、社内規程のアシスタントを作りました。規程集のPDFを6ファイル登録し、指示欄には「親切に答えよ」と書きました。最初の週は好評でした。ところが2週目に従業員が「出張費の規程が変わったそうですが」と聞くと、アシスタントは昨年の規程を根拠に自信を持って答えました。改定版は掲示板にしかなく、アシスタントには登録されていませんでした。3週目には、規程にない質問にもっともらしい答えを作り上げました。指示には、わからないときにどうすべきか書かれていませんでした。4週目になると、従業員はアシスタントの答えを再び人事チームに確認するようになり、人事への問い合わせは導入前より増えてしまいました。信頼できないアシスタントを使うと、使わない場合よりもかえって仕事が増えます。
このアシスタントの失敗の原因は、モデルの性能ではありません。何を指示に書き、何を資料として置くか、資料をいつ誰が替えるか、展開前に何をテストするかを設計しなかったことです。この章では、ナレッジスペースとカスタムアシスタントとは何かから始め、指示の書き方、資料を検索しやすく構成して更新する方法、展開前のテスト方法まで扱います。第1章で作った段階表の「AIが担当する段階」に使う道具を、ここで作ります。試験の配点比率が最も高い領域の1つなので、実習課題までぜひ取り組んでください。
重要な概念
ナレッジスペース(プロジェクト)
ナレッジスペースは、関連する会話、ファイル、指示を1か所にまとめる作業スペースです。製品ごとに名前は違っても、役割は同じです。OpenAIは、ChatGPT Projectsは関連する会話・ファイル・指示をまとめ、同じコンテキストを使い続けられると説明しています。Anthropicは、Claudeのプロジェクトを独自の会話履歴とナレッジベースを持つ独立した作業スペースと説明しています。GoogleのGemini Notebookでは、1つのノートブックが特定のプロジェクト向けの資料集になり、ノートブック同士は互いの情報を参照できません。
たとえるなら、ナレッジスペースは1つのプロジェクトのための専用作業室です。壁には作業のルール(指示)が貼られ、書棚には参考資料(ナレッジ)が並び、机にはこれまでの対話履歴が積まれています。混ぜてはいけない顧客ごとの仕事や部署別の規程など、境界が必要な仕事では、作業室を分けるのが基本です。ただし、作業室を分けてもメモリ設定によってはコンテキストが行き来するため、メモリ設定まで確認して初めて境界が完成します(さらに深くを参照)。
3層の指示
指示は、どこに書くかによって適用範囲が異なります。
| 指示 | 適用範囲 | 管理する人 | 入れるもの |
|---|---|---|---|
| 個人のカスタム指示 | 自分の会話全般 | ユーザー本人 | 自分の職務、好みの文体 |
| プロジェクトの指示 | そのプロジェクト内の会話 | プロジェクトのオーナー・編集者 | この仕事の目的、形式、禁止事項 |
| アシスタントの指示 | そのアシスタントを使うすべての会話 | アシスタントの作成者・管理者 | 役割、手順、例外処理 |
OpenAIのヘルプは、プロジェクトの指示はそのプロジェクト内だけに適用され、全体のカスタム指示より優先すると明記しています。チームで同じ結果を求めるなら、各メンバーの個人設定に頼らず、プロジェクトやアシスタントの指示に共通ルールを書く必要があります。逆に、個人のカスタム指示にチームのルールは入れません。人によって異なる結果が出る原因になります。
共有プロジェクトとカスタムアシスタント
カスタムアシスタントは、指示と参考資料をまとめ、多くの人が同じ方式で使えるようにしたAIです。共有プロジェクトは、複数の人が同じ作業室に入り、会話と資料を一緒に積み重ねる空間です。OpenAIのヘルプは、2つの形態を次のように比較しています。
| 区分 | カスタムアシスタント(GPT) | 共有プロジェクト |
|---|---|---|
| たとえ | マニュアルを熟知した案内デスクの職員 | チーム共用の作業室 |
| 利用方式 | 各自が別々に会話する(ひとりで使う形態) | メンバーが互いの貢献を見る(共同で使う形態) |
| 資料 | 専門家が整理した固定の資料 | ファイル・会話・指示が積み重なる |
| 向いている仕事 | 組織全体に同じ知識を広める | 反復的な共同作業、チームの認識合わせ、オンボーディング |
| 公式の例 | 福利厚生案内GPT | 第4四半期計画ハブ |
製品の状況は急速に変わっています。OpenAIはカスタムGPTの終了を予定し、再利用する指示と連携アプリをまとめるPluginsへの移行を勧めています。Googleは個人アカウントのGemsを2026年11月からskillsへ切り替え、仕事・学校用アカウントは2027年に続くと案内しています。Anthropicでは、プロジェクトの指示に加え、必要なときに呼び出す指示・スクリプト・資料のまとまりであるSkillsを使えます。名前が変わっても、「固定の手順を多数の人に同じように提供する」と「少人数でコンテキストを一緒に蓄積する」という区別は残ります。
指示とナレッジを分ける理由
指示はアシスタントの勤務規則で、ナレッジは隣に置いた参考書棚です。勤務規則はすべての会話に適用され、参考書棚は必要なときに参照します。OpenAIは、指示はすべての会話に適用され、トーン・構成・判断を導くと説明しています。また、ナレッジは参考資料として参照させ、行動ルールの指定には用いず、ルール・トーン・業務手順は指示に入れるよう記しています。
| 指示に入れるもの | ナレッジに入れるもの |
|---|---|
| 役割、対象読者、トーン | 製品マニュアル、規程の原文 |
| 回答の手順、出力形式 | よくある質問集 |
| 根拠の示し方 | 過去の模範回答の例 |
| わからない場合や資料が矛盾する場合の対応 | 用語集、担当者の連絡先一覧 |
ルールをマニュアルPDFの冒頭に挟んで登録すると、検索でその部分が取り出されない限り、ルールが適用されないことがあります。逆に、大量の資料を指示欄に貼り付けると、守るべきルールが埋もれます。もう1つ考えるべきなのは、変更の責任です。指示はアシスタントの管理者が変え、規程の原文は所管部署が変えます。変える人が違うものは別の欄に置くことで、更新の混乱を防げます。
チーム用の指示の5要素と書き方
GoogleはGemの指示を書く際、役割(Persona)、タスク(Task)、コンテキスト(Context)、形式(Format)の4領域を考えるよう案内しています。チームの業務用アシスタントでは、これに例外処理を加えた5要素で書きます。
| 要素 | 問うこと | 例 |
|---|---|---|
| 役割 | 誰として答えるか | 社内機材貸出窓口の案内係 |
| タスク | 何をするか | 貸出規程に基づき、可否と手順を案内 |
| コンテキスト | 誰がどのような状況で聞くか | 機材に不慣れな一般従業員。急いでいる場合が多い |
| 形式 | どのような形で答えるか | 結論1行 → 3段階以内の手順 → 根拠文書名 |
| 例外処理 | わからない、あいまいな場合はどうするか | 規程になければ推測せず、担当窓口を案内 |
書き方について、3社の推奨はおおむね同じ方向です。OpenAIは、複数段階の業務は「Xが起きたらYをする」のように段階を明記し、長い禁止リストより肯定形で具体的な指示を使い、分類基準があるなら許容される出力とそうでない出力の短い例を入れ、見出しとリストで優先順位を示すよう勧めています。Anthropicは、指示に理由を添えると、モデルが目的をよりよく理解すると説明しています。「根拠文書名を書け」よりも、「根拠文書名を書け。従業員が原文を確認して、承認申請書類に転記できるようにするためだ」のほうが適しています。
業務手順書を指示に変える
よい指示の多くは、既存の業務手順書から生まれます。人が仕事をする順番をそのまま移し、入力の点検と停止条件を前後に加えます。機材の貸出案内を例に書き換えます。
[修正前]
あなたは機材貸出の担当だ。親切に答えよ。誤った答えを出すな。
[修正後]
[役割]
あなたは社内機材貸出窓口の案内係だ。従業員に機材の貸出可否と手順を案内する。
[手順]
1. 質問に機材の種類と利用期間がなければ、まずその2点を尋ねる。
2. ナレッジの「機材貸出規程」から該当する機材の条項を探し、可否を判断する。
3. 結論1行、3段階以内の手順、根拠となる条項番号の順に答える。
[例外]
- 規程にない機材や状況なら、似た条項から推論しない。
「規程に記載のない内容です」と書き、総務チームの貸出窓口を案内する。
理由:誤った案内で借りた機材を紛失すると、個人の弁償問題になる。
- 貸出履歴や他の従業員の申請内容を聞かれたら、答えずに貸出システムを案内する。
修正後の指示は長くなりましたが、各行の役割は明確です。「誤った答えを出すな」という願望を削り、代わりに誤りを避ける行動(先に尋ねる、根拠を探す、わからなければ引き継ぐ)を書いています。
不明な点と矛盾を明らかにする回答
自然な文章は不確実性を隠します。アシスタントが確信に満ちた文章で間違えるより、わからないと答えるほうが業務でははるかに安全です。指示に次の内容を書いておくと、回答から不確実性が見えるようになります。
- 資料にない内容を示す:根拠が見つからなければ、その旨を伝え、確認すべき担当者や資料を案内します。
- 事実・推論・提案を区別する:「規程第4条によれば(事実)」「この場合にも適用されると思われます(推論)」「担当部署への確認をおすすめします(提案)」のように、性質を明示します。
- 矛盾する根拠を両方示す:2つの資料で記述が違う場合、片方を選んで隠すのではなく両方を示し、事前に決めた優先順位を適用します。
- 根拠の位置を示す:文書名と条項番号を書かせると、人が原文と照合しやすくなります。OpenAIも、ナレッジの内容を引用させるには、その旨を指示に書き、形式を決めるよう勧めています。
ナレッジの容量と検索
資料が少ない場合は、全体をコンテキストに入れて処理することもありますが、ナレッジスペースの資料が増えると、モデルは毎回すべてを読むわけではありません。司書が質問を聞いて関連する本だけを数冊取り出すように、質問に関連する部分を検索して取り出し、回答に使う方式を**RAG(検索拡張生成)**といいます。資料は通常、小さな断片に分けて保存され、質問の意味に近いチャンク(テキストの断片)が選ばれます。Anthropicは、有料プランのClaudeプロジェクトでは、ナレッジがコンテキストの上限(モデルが一度に読める量)に近づくと自動でRAGに切り替わり、容量が最大10倍まで拡張されると説明しています。
容量には製品ごとの上限もあります。確認日時点で、ChatGPTのプロジェクトにはプランにより5〜40個のファイルを登録でき、1回でアップロードできるのは10個です。GPTには最大20個、1ファイルあたり512MBまで添付できます。数字は変わるため、設計するたびに確認してください。
この原理から、実務上のルールが導かれます。
| 誤解 | 実際 |
|---|---|
| 多く入れるほどよく知っている | 関係のない資料が増えるほど、的外れな断片が検索される可能性が高まる |
| 登録したので全部読んでいる | 質問に近い断片だけを取り出す。質問と表現が違うと見落とすことがある |
| 全体の集計も正確 | 一部の断片だけを取り出す方式は、「全資料で何件」といった全件集計が苦手 |
全件集計が必要な仕事には、スプレッドシートやデータ分析機能など、資料全体を処理する別の方法を使います。
検索しやすい文書に整える
司書が本を見つけやすくするには、背表紙のタイトルが明確でなければなりません。資料も同じです。OpenAIは、テキスト中心の整理されたファイルを勧め、複雑なレイアウトは内容を利用しにくくする可能性があると説明しています。
要点
資料を整えるための点検表
- ファイル名と1行目に、タイトル、適用対象、施行日があるか
- 各節に意味のある見出しがあり、断片に分かれても内容がわかるか
- 表の列見出しと単位、脚注が、表と一緒に残っているか
- スキャン画像だけの文書は、文字として読み取れるか確認したか
- 改定前の版と重複を取り除いたか
- 名前が似ている文書を見分ける手がかり(商品名、部署名、地域)があるか
長い統合版1つより、テーマ別に分けた複数の文書のほうが検索に有利なことは多いです。ただし、細かく分けすぎてコンテキストが途切れると、かえって解釈がずれるため、人が読んでもひとまとまりとして理解できる単位で分けます。
質問を基準に資料の体系を作る
資料は会社のフォルダ構成ではなく、実際に寄せられる質問を基準に選びます。
- 過去3か月の実際の質問を集め、種類ごとにまとめます。
- 種類ごとに回答の根拠となる資料を対応づけます。根拠がない種類は資料を新しく作るか、「担当者に取り次ぐ」種類に分類します。
- 資料ごとに文書の公式度を決めます。承認済み規程、部署の通知、個人のメモは同じ重みではありません。
- 資料同士が矛盾するときの優先順位を指示に書きます。例:施行日が新しい承認済み規程 → 部署の通知 → 過去の回答例。
- 優先順位でも判断できなければ、答えずに担当者を案内します。
質問の種類によって読者層やトーンが異なるなら、1つのスペースに詰め込むより、分けたほうが回答が混ざりにくくなります。
更新頻度の設計
資料は、変わる速さときっかけによって管理方法が異なります。
| 資料の性質 | 例 | 管理方法 |
|---|---|---|
| 毎日変わる | 在庫、予定 | ナレッジにコピーを置かず、元のシステムに接続して照会 |
| 定期的に改定される | ポリシー、約款、マニュアル | 改定時にファイルを差し替え、施行日を記載し、改定後にテスト質問を再実行 |
| 出来事に応じて変わる | 担当者の変更、組織改編、商品の販売終了 | 出来事が生じたら更新するよう、担当部署と取り決める |
| ほとんど変わらない | 対応のトーン、ブランドのルール | 指示に主要ルールとして反映 |
| 機密性が高い | 顧客の元の記録、契約書 | 共有スペースに置かず分離(第4章) |
接続型ソースとアップロードしたコピーの違いも知っておく必要があります。Googleは、GemにDriveファイルを追加すると最新バージョンを使い、ファイルの修正がGemにも反映されると説明しています。一方、ChatGPTのヘルプは、プロジェクト内に追加したGoogle Driveアプリは同期に対応せず、内容を事前に同期しておくものではないと明記しています。直接アップロードしたファイルは当然コピーなので、原本が変わってもそのままです。使う製品の動作を確認し、コピーなら差し替えの責任者を決めてください。
更新は資料管理台帳で管理します。
資料名 | 文書の公式度 | 施行日 | 所管部署・担当者 | 接続型/コピー | 次回確認日 | 最終テスト日
展開前のテスト
アシスタントをチームに展開する前に、テスト質問セットを作ります。質問と期待する回答(または期待する行動)を対応づけて20〜30個集め、4種類を混ぜます。
| 種類 | 確認すること | 例 |
|---|---|---|
| 通常 | よくある質問に正確に答えるか | 代表的な質問の上位15個 |
| 例外 | 情報が不足、あいまいなときに聞き返すか、人に引き継ぐか | 機材の種類を明示しない質問 |
| 拒否 | アクセスすべきでない情報を求められたら拒否するか | 他の従業員の申請内容 |
| 境界 | 資料の矛盾、改定直後、規程にない状況 | 規程改定の前後にまたがる期間についての質問 |
プレビュー画面で実行し、期待する行動と実際の行動を表に記録します。Googleは、Gemのプレビューでテストしても自動保存されないため、保存を押す必要があると案内しています。OpenAIは、GPTの編集中の変更は下書きとして自動保存され、バージョン履歴から以前の版を復元できると説明しています。保存方法は製品によって異なるので、使う製品のヘルプを確認してください。テスト質問セットは展開後も捨てません。指示や資料を直すたびに同じセットで再実行し、修正した部分が他の回答を壊していないかを確認します(第5章)。
さらに深く
登録・検索・生成はそれぞれ別の段階
「ファイルを登録したのに、なぜ知らないのか」という問いには、3つの異なる失敗が隠れています。
| 段階 | 成功の意味 | 失敗の様子 | 確認方法 |
|---|---|---|---|
| 登録 | 資料がスペースに入り、読み取れる | スキャンのため文字がない、アップロードの上限超過 | そのファイルにしかない文章をそのまま尋ねる |
| 検索 | 質問に関連する断片を見つける | 質問と資料の表現が違って見つからない | 同じ内容を資料の用語で尋ね直す |
| 生成 | 見つけた断片を正しく解釈して答える | 条件を落とす、他の条項と混ぜる | 回答の根拠の位置を原文と照合する |
出典が表示されたからといって、答えが正しいわけでもありません。出典は「どこから取り出したか」を示すだけで、「正しく解釈したか」を保証しません。失敗を直すときは、どの段階の失敗かを先に見分けることで、適切な対策を選べます。登録の失敗なら資料を整え、検索の失敗なら資料に用語集や同義語を補うか質問の仕方を案内し、生成の失敗なら指示の手順と例外処理を直します。
製品が変わっても残る設計
本書の執筆中にも、カスタムGPTの終了計画とGemsのskillsへの切り替えが発表されました。アシスタント作成にかけた努力が1つの製品に閉じ込められていると、製品が変わるたびに最初から作り直す必要があります。次の原則を守ると、移行コストを大きく減らせます。
- 指示の原文を製品の外に保管します。 日付ごとの文書にすれば、バージョン管理もできます。
- ナレッジ資料の原本を会社の文書保管庫に置きます。 アシスタントには、そのコピーや接続だけを置きます。
- テスト質問セットを製品に依存せず管理します。 新しい製品へ移した後、同じセットで実行すれば、移行が正しく行われたかすぐにわかります。
- 製品の機能名ではなく、形態で設計書を書きます。 「GPTを1つ」ではなく、「固定資料に基づく案内アシスタント、ユーザー200人、根拠の表示必須」と書きます。
メモリとナレッジの境界
ナレッジスペースでは、登録したファイルだけがコンテキストになるわけではありません。OpenAIは、プロジェクト内の会話とファイルを、その後の回答のコンテキストとして使えると説明し、共有プロジェクトは自動的にプロジェクト専用メモリになり、メンバー個人のメモリやプロジェクト外のコンテキストは使わないと明記しています。プロジェクト専用メモリでも、同じプロジェクトの別の会話は参照できます。
これは利点であると同時にリスクでもあります。メモリの範囲も製品によって異なります。ChatGPTの標準メモリは、Businessを含む一部のプランではプロジェクト外の会話も参照できるため、コンテキストを閉じ込めるにはプロジェクト専用メモリを選びます。Claudeにはプロジェクトごとのメモリがありますが、プロジェクト外のアカウントメモリも一緒に使うため、完全に分離するにはプロジェクトの「Use account memory」をオフにします。
前の会議で却下したアイデアを議論した会話が残っていると、そのアイデアが再び回答に混ざることがあります。確定した決定は会話に散在させず、「決定記録」などの正式な資料に移してください。そして指示に、正式な資料は会話履歴より優先すると書きます。特定の会話を参照させたくなくなった場合、OpenAIではその会話を削除するか、設定が許すなら別のプロジェクトに移します。
実務の場面
ドラン軽食店:加盟店運営マニュアルの補助役
軽食フランチャイズ「ドラン軽食店」の本部運営支援チームは、加盟店オーナー140人の運営上の問い合わせを受け付けています。衛生点検、食材発注の締め切り、販促の運営といった質問が、1日に約60件、スーパーバイザー6人にメッセンジャーで届きます。ハンチーム長は、オーナー向けの案内アシスタントを作ることにしました。
ハンチーム長は、まず形態を決めました。オーナーは各自で質問し、マニュアルは本部が管理する固定資料です。共有プロジェクトに140人を入れると、互いの会話やファイルが見えてしまうため適しません。同じ手順で答えるカスタムアシスタントの形態を選びました。
資料を選ぶため、過去3か月の質問600件を種類ごとにまとめました。発注の締め切りと販促運営が半分を占め、商圏別の例外(空港・病院内の店舗)が10%あり、店舗別の売上や他店の事情を尋ねるものも一部ありました。売上の質問はアシスタントの担当ではありません。拒否する種類に分類し、オーナー専用の売上システムを案内させました。
問題は資料の矛盾でした。運営マニュアルには発注の締め切りが前日の午後6時と書かれていましたが、先月の本部通知で午後4時に繰り上がっていました。あるスーパーバイザーは「通知だけ登録すればよいのでは」と言いましたが、ハンチーム長は、今後も毎月通知が積み重なると指摘しました。指示に「施行日が新しい本部通知 → 運営マニュアル → 過去の回答例」という優先順位を書きました。通知を反映するまで、マニュアルの該当条項の横には「変更通知あり」と表示しました。検索でマニュアルの断片だけが取り出されても、通知があることが一緒にわかるようにするためです。そして通知の内容を毎月末にマニュアル本文に反映し、反映済みの通知はナレッジから外すと、資料管理台帳に書きました。
指示には、商圏別の例外処理を入れました。オーナーが店舗の種類を示しておらず、種類によって回答が変わる場合は、先に尋ねさせました。回答では、「マニュアル上の根拠」と「スーパーバイザーへの確認を推奨」を区別して表示させました。
テスト質問セットは、通常18個、例外5個、拒否3個、境界4個としました。最初のテストでは、境界の質問2個が失敗しました。通知の施行前の注文への質問に、新しい締め切り時刻をそのまま適用したのです。ハンチーム長は「通知の施行日前の案件には以前の基準を適用し、日付が不明なら日付を尋ねる」と指示に加えました。再実行すると、30個すべてで期待する行動が得られました。展開初月、スーパーバイザーに届く問い合わせは1日60件から25件に減りました。
あけぼのベーカリー:季節キャンペーンの共有プロジェクト
ベーカリーブランド「あけぼのベーカリー」のマーケティングチーム4人は、年末の季節キャンペーンを3か月かけて準備しています。クォンチーム長は、業務用ワークスペースに共有プロジェクトを作り、企画案、ブランドガイド、過去のキャンペーン結果、毎週の会議録を集めました。1か月ほどすると、メンバーが不満を言い始めました。プロジェクトでコピーの下書きを頼むと、2週間前に却下したスローガンが繰り返し混ざるのです。
クォンチーム長は、原因を3つに絞りました。第一に、却下したスローガンを議論したブレーンストーミングの会話が残り、プロジェクトはその会話もコンテキストに使っていました。第二に、ブランドガイドの改定前と改定後の両方が登録されていました。第三に、何が確定したかを記した資料がどこにもありませんでした。
あるメンバーは、プロジェクトを削除して新しく作ろうと提案しました。クォンチーム長はこの案を退けました。3か月分のコンテキストには有用なもののほうが多く、同じ習慣を続ければ新しいプロジェクトでも同じことが起きるからです。代わりに、次のように直しました。
- 毎週の会議後、確定事項を「キャンペーン決定記録」という1つの文書に日付とともに書き、この文書をプロジェクトの資料として登録しました。
- プロジェクトの指示に「コピーと企画は『キャンペーン決定記録』と最新のブランドガイドに従う。会話履歴のアイデアが決定記録と異なる場合、決定記録に従い、違いを知らせる」と書きました。
- 改定前のブランドガイドを削除し、却下したアイデアだけを扱うブレーンストーミングの会話は整理しました。
- 頻繁に変わる店舗別の販促日程はコピーを登録せず、確認が必要なときにプロジェクトの会話から接続済みのDriveアプリで照会させました。回答には、出典ファイルと照会時刻を書かせました。
3か月後にキャンペーンが終わると、店舗の従業員が運営ルールを尋ねるようになりました。クォンチーム長は、その質問を共有プロジェクトでは受けませんでした。店舗の従業員300人には、決定記録と運営ルールだけを入れた別の案内アシスタントを作りました。一緒に働く空間と、多数の人に同じ答えを提供する道具は異なる、というのがクォンチーム長の結論でした。
間違えやすいポイント
- 「1つのファイルにまとめて登録すれば、漏れなく読む」 資料が多いと関連する断片を検索し、一部だけを使います。必ず守るルールは指示に置きます。
- 「指示に多く入れるほどよい」 大量の参考資料を指示に入れると、主要なルールが埋もれます。指示には行動を、ナレッジには資料を置きます。
- 「禁止リストが長いほど安全だ」 肯定形の具体的な指示、例外処理、短い例のほうが、長い禁止リストより効果的です。
- 「メンバー各自のカスタム指示をそろえれば、結果も同じになる」 共通ルールは、プロジェクトやアシスタントの指示に書いてこそ全員に同じように適用されます。
- 「出典が表示されれば、答えは正しい」 出典は取り出した位置にすぎず、解釈の正確さを保証しません。根拠の位置を原文と照合します。
- 「ドライブを接続しておけば、常に最新だ」 同期の方式は製品ごとに異なります。接続型かコピーかを確認し、更新の責任者を決めます。
- 「得意な質問でテストしたので展開してよい」 例外・拒否・境界の事例がないテストでは、実際のリスクは見えません。
ひと目でわかるまとめ
- ナレッジスペースは、会話・ファイル・指示をまとめる専用作業室です。境界が必要なら、スペースを分けます。
- 共通ルールは、個人のカスタム指示ではなく、プロジェクト・アシスタントの指示に書きます。プロジェクトの指示は、そのプロジェクト内で全体のカスタム指示より優先します(OpenAI)。
- 多数の人に同じ手順を提供するならカスタムアシスタント、少人数でコンテキストを一緒に蓄積するなら共有プロジェクトです。
- 指示は行動(役割・タスク・コンテキスト・形式・例外処理)、ナレッジは参考資料です。変更する人が違えば、別の欄に置きます。
- 指示には理由を添え、禁止より行うべき行動を、あいまいな基準には短い例を示します。
- 資料が増えてRAGになると、関連する部分だけを検索して使います。多く入れても正確になるとは限らず、全件集計は苦手です。
- 資料は質問を基準に選び、文書の公式度と矛盾時の優先順位を指示に書きます。
- 更新には、定期改定と出来事に応じた更新の2つがあります。接続型とコピーを区別し、資料管理台帳で管理します。
- 展開前のテストでは通常・例外・拒否・境界を混ぜ、セットは捨てません。
公式ドキュメントで確認する
- OpenAI — Projects in ChatGPT:プロジェクトの指示の適用範囲、アプリのリンクソース、Driveの同期制限、ファイル上限、共有プロジェクトとGPTの違いを読みます。
- OpenAI — Creating and editing GPTs:指示とナレッジの役割の違い、指示の書き方、ファイル上限、プレビューとバージョン履歴、カスタムGPTの終了案内を確かめます。
- Anthropic — What are projects?:プロジェクトのナレッジと指示、RAGへの切り替えと容量の拡張を読みます。
- Anthropic — What are skills?:必要なときに呼び出す指示・資料のまとまりと、組織単位での展開を確かめます。
- Google — Use Gems in Gemini Apps:Gemの作成、Driveファイルの最新版の反映、skillsへの切り替え告知を確かめます。
- Google — Tips for creating custom Gems:役割・タスク・コンテキスト・形式の4領域と、プレビュー保存時の注意を読みます。
- Google — Create a notebook in Gemini Notebook:ノートブックが互いに独立した資料集であることを確かめます。
セルフチェック
2-1. プロジェクトの指示と個人のカスタム指示の適用範囲は、どう異なるかを説明してください。チームの共通ルールを個人のカスタム指示に置くと生じる問題も書いてください。
2-2. 次の5つを指示とナレッジに分けてください。㋐ 回答の最後に根拠文書名を書くルール ㋑ 地域別の店舗営業時間表 ㋒ 質問に日付がなければ先に日付を尋ねる手順 ㋓ 過去の模範回答10件 ㋔ 丁寧な敬語を使うトーンのルール。
2-3. 「親切に答えよ。間違えるな」という指示を、5要素(役割、タスク、コンテキスト、形式、例外処理)のある指示に書き換えてください。テーマは社内会議室の利用案内としてください。
2-4. ナレッジスペースがRAGで動作するとき、「すべての資料から特定条件に合う件数を正確に数える仕事」が苦手な理由を説明し、代わりに使う方法を1つ示してください。
2-5. ユーザーから「ファイルを登録したのに知らない」と報告がありました。登録・検索・生成のどの段階の失敗かを見分けるためにできる確認を、段階ごとに1つずつ書いてください。
2-6. 接続型ソースとアップロードしたコピーは、更新管理でどう異なるかを説明してください。資料管理台帳にこの区別を書くべき理由も書いてください。
2-7. 展開前のテスト質問セットに入れる4種類の質問を書き、それぞれアシスタントに期待する行動を1行ずつ記してください。
実習課題
実習
チーム用アシスタントの指示の作成とテスト(60分)
- チームで同じ質問が繰り返されるテーマを1つ選び、実際の質問を20個以上集める。
- 質問を種類ごとにまとめ、種類ごとに根拠資料を対応づける。根拠がない種類は「担当者に取り次ぐ」または「拒否」に分類する。
- 5要素で指示を書き、3つ以上の指示に理由を添える。
- 通常・例外・拒否・境界の質問を混ぜた20個のテストセットを作り、プレビューで実行し、期待する行動と実際の行動を表に記録する。
- 失敗事例を1つ選び、登録・検索・生成のどの段階の失敗か判断し、修正後に同じセットで再実行する。
完了基準: 指示の原文とテスト結果表が残り、4種類の質問をすべて含み、修正前後の合格数を比較できれば完了とする。
実習
資料管理台帳を作る(40分)
- 前の実習のアシスタントに入れる資料をすべて書き出す。
- 資料ごとに文書の公式度、施行日、所管部署・担当者、接続型/コピーの別、次回確認日を埋める。
- 資料を整えるための点検表で資料を整理し、改定前の版と重複を取り除く。
- 資料同士が矛盾するときの優先順位を決め、指示に1段落として加える。
- 出来事に応じた更新が必要な資料を見つけ、その出来事が生じたら誰が知らせるか、担当部署と取り決める。
完了基準: すべての資料で7つの欄が埋まり、矛盾時の優先順位が指示に反映され、出来事に応じた更新の担当者が1人以上決まっていれば完了とする。